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官兵衛・半兵衛・三成・勘助。戦国時代の軍師の役割と5つのタイプ

 
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神奈川県生まれの38歳。妻一人、子一人。 好きなモノは日本史と戦国武将・日本刀・鎧・兜・バイク・ツーリング各種・釣り・登山。今まではバスケットをやっていましたが加齢とともに体がついていかなくて引退。一人でできるスポーツ探してます。 更新に時間がかかりますが、マイペースにゆっくりと更新を続けていきますので皆様、気長にお願いします。
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こんにちは。歴史大好きバイカーのkickです。久しぶりに歴史について記事を書きます。

僕は戦国武将・剣豪などなどが大好きなのですが、同じくらい軍師も好きです。勇猛に戦う武将もカッコいいですが、知恵を使って戦う軍師にもとても惹かれます。

僕自身、あまり頭の回転は速くないのでそもそも知的な人に憧れていますが、軍師はその理想的な姿であるとも言えますね。

今回、機会あって軍師について調べる時間があったので、その内容を発信します。

 

軍師とは?

戦術に長けていて謀略・調略などの「智の力」によって戦いを制し、物事を有利に進める軍師。

でも、戦国時代には軍師なんて言葉は存在していないようです。では、今で言う軍師とは戦国時代では何者のことだったのでしょうか。

 

古来の軍師

古来の軍師は、戦術を考え、戦略を立てるだけの仕事ではなく、吉凶を占って出陣に適した日時や方角を決めることが重要な役割として与えられていた。それらの人は当時、「軍配者」と呼ばれていました。

この軍配者は、陰陽道・修験道などに精通しており、軍配者でもあり、呪術者でもあった。

 

日本の軍師第一号は吉備真備であると言われていて、真備は「諸葛亮八陣」や「孫子九地の戦法」などの中国の兵法に通じていた一方、陰陽道の先駆者ともされていた。

軍師と陰陽道の関りは平安時代・鎌倉時代・室町時代と時代を下っても関係性は変わらず続いていき、

様々な人物が陰陽道・修験道の占術を戦いに用いていました。

そして吉凶を占い、時には戦術を授けて軍師の役割を担ってきました。

しかし、戦国中期になるとその軍師の性格は少しづつ変化していきます。

縁起・礼儀などの形式は残しつつも、より現実的になっていき、実際に利のあるものへと変化していきます。

陰陽道のような呪術的なものが薄れていき、軍略化としての面が強まったわけです。

こうして軍師の性格と役割が変わっていくと、様々なタイプの軍師が登場し、鎬を削ることになります。

jordygoovaerts0 / Pixabay

軍師のタイプ5つ

 

軍師のタイプはおおよそ5つの種類に分けることができます。

①陰陽師の系譜を引く軍配者的軍師

②戦術・戦略タイプ

③外交タイプ

④官僚タイプ

⑤参謀タイプ

①軍配者的軍師

 

日本古来からの軍師です。陰陽道・修験道に精通し、

占術を用いて吉凶を占い、出陣の日と時間・方角を決め戦略も立てる。

いわゆる軍配者と呼ばれるタイプの軍師のこと。

武田信玄にとっての山本勘助がこのタイプ。

ちなみに勝利を呼び込む祈祷なども行う。

 

②戦術・戦略タイプ

 

作戦にかかわる密談・会議に参加するのがおもにこのタイプの軍師。

「昔楠木、今竹中」と言われたように、かつての楠木正成のように、軍略を駆使したとして有名な

竹中半兵衛重治のような軍師がこのタイプに当てはまる。

黒田官兵衛考高や、蜂須賀小六正勝などもこのタイプ。

兵法を学び、戦術を用いて主を勝利へと導く。また、陣形を提案したり戦法の助言もする。

軍師と言われてイメージするのはこのタイプの軍師のこと。

要するに主に戦闘を担当し、その分野で活躍した軍師たちがこのタイプ。

③外交タイプ

 

このタイプは主に外交も司る参謀的僧侶のことを指す。

僧侶は出家の身なので俗世間から縁を切った形の「無縁の原理」により、敵・味方というような俗世間の縛りがなく、敵地にも自由に往来できる特権を持っていた。

外交僧は、その特権をフル活用して和睦・同盟の構築を狙う。

今川義元の軍師だった太原雪斎が甲斐の武田信玄のもとに派遣され、武田信玄との講和交渉を

まとめていることは広く知られている出来事のひとつ。

④官僚タイプ

 

今で言う高級行政官であり、主に内政などを担当する政治家タイプの軍師。

文官派の人物が多く、豊臣政権・徳川幕府などの政治的な組織のなかで活躍している。

豊臣秀吉で言えば石田三成。徳川家康で言えば本田正信が、これにあたる。作戦・調略だけでなく、内政や外交の点でも主君にセンスを求められる難しい立場。

でも、①の軍配者タイプとは性格が異なる。

⑤参謀タイプ

 

戦術・戦略タイプの軍師に近いが、大きな違いは内政面も担当していたこと。

戦・外交・内政のあらゆる面で主君をサポートする役目。主君からの絶大なる信頼を寄せられていなければ到底こなせるものではないと思う。プレッシャーがすごそうなタイプ。

参謀タイプは戦国大名当主の一族の武将が軍師となるケースが圧倒的に多かった。その理由は

当主の親族なので信頼感が他人に比べれば強かったため。

でも重臣・家老クラスの家臣が軍師になるケースもあることはある。

伊達政宗にとっての片倉小十郎。大友宗麟にとっての立花道雪。

上杉景勝にとっての直江兼続などなど。

 

こういったさまざまな分野や局面で活躍していく軍師たちは荒々しい戦国時代に

戦略・戦術という華を添えていきました。

花の画像

Peggychoucair / Pixabay

様々な軍師が様々に才能を発揮した戦国時代の軍師

 

5つのタイプに分けて説明してみました。いかがだったでしょうか。

そもそも当時に軍師という言葉がなかったのも驚きましたが軍師が呪術師の一面も兼ね備えていたというのにも驚きました。軍師、仕事多すぎですね。プレッシャーも大きいのに。

 

当時にしてみれば軍師というのは智の象徴のようなものだったのではないでしょうか。

字の読めない人もたくさんいた時代ですからね。きっと羨望のまなざしで見られていたのでしょうね。

 

考えるより動くほうが好きで、どちらかというと考えるのが面倒くさいという

僕からしてみれば正直憧れます。頭のいい人ってかっこいい!!軍師カッコイイ!!

 

軍師が陰陽道や修験道に精通していたとの事なので、今度、時間を作って陰陽道・修験道についても調べて発信してみようと思います。

 

 

次回は軍師の具体的な仕事内容についての記事を書きますね。

最後まで読んでいただいてありがとうございました。

それではまたの機会に。

続きはこちら

軍師の仕事ってどんな事?布陣・軍略編

 

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