青春の続き。楽しかったあの時をもう一度。

石田三成の人間力

 
石田三成の家紋
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こんにちは。歴史大好きバイカーのkickです。 当ブログ、「歴史大好きバイカーkickのキクログ」を運営しています。 神奈川県在住。1981年生まれの40歳。1児の父です。既婚。 現在は会社員として働く傍ら、ブログコンテンツ制作、情報発信、メディア運営などをしています。 記事の内容は、ほとんどが自身で実際に経験してみた物事を記事にしています。 このブログでは、僕と同世代の方たちが、楽しい人生を過ごすことをサポートする目的で運営しています。 誰にでもあった「楽しかったあの頃」 このブログを通して、その続きを楽しむことができたなら幸いです。 だから、キャッチフレーズは、 「青春の続き。楽しかったあの頃をもう一度」なのです。 マイペースに更新していきますのでみなさまどうぞよろしくお願いいたします。
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こんばんは。歴史大好きバイカーのkickです。僕は今、ちょっと遅れての長期休暇中です。

なので毎日毎日子供を幼稚園に送り迎えしているんですが、幼稚園の先生からの

「・・お前、仕事どうした??」っていう無言の視線からくる圧力にちょっとやられ気味です。

なので今日は嫁さんに送ってもらいました。ま、迎えに行ったのは僕なんで、やっぱり視線が痛かったですけどね。ちゃんと働いていますよ!!今は休みなだけで。

 

さて、今日は石田三成の書いた手紙から三成がどんな人間だったのかを考えてみました。

三成は誤解されやすい人物のようで、三成の死後、徳川政権の政治的思惑から三成の名誉を貶めて、

三成のイメージを陰謀家・奸臣としてのイメージが強くなってしまいました。

今も、空気が読めず、人情のわからないエリート・秀吉の命令を忠実に実行する官僚という見方を

する人は多いようです。でも、本当の三成はそのような人間ではなく、多くのことに苦悩し、葛藤して激情をもった血の通った人間でした。冒頭でも書いたように、現代に残っている三成の肉筆から、その人柄に迫ってみます。

 

1590年の忍城水攻めについて

 

浅野長吉宛書状原文

原文の画像

出典:歴史道

浅野長吉宛書状意訳

意訳の画像

出典:歴史道

映画や小説でも取り上げられ有名になったこの城攻めで、三成は秀吉や諸将との考え方の違いに葛藤しています。三成の忍城攻めは秀吉の小田原討伐の1つとして行われました。

 

北条氏の本拠地、小田原城を大軍で囲む一方、別動隊に北条氏の支城を攻略させていました。

その1軍隊の将に抜擢されたのが石田三成でした。当時弱冠31歳。

一般的に伝わっているのは、三成は秀吉の「備中高松城攻め」に習い忍城を水攻めにしようと

思いつき、城の周辺を堤で囲い、利根川の水を引き入れました。

堤は完成したのですが城は水没せず、逆に城方の攻撃で堤が決壊してしまう始末。

三成は大損害を被り、しかも城を落とせずに面目を失ったというもの。

ただし、この忍城攻めの様相は江戸後期の軍記物に基づいていて、それが真実かどうかはわからない。

書状は、浅野長政へ書いたもので、長政は秀吉の姻戚。後に三成と共に五奉行となる人物です。

当時の権力は三成を大きく上回っていて、秀吉の側近の中でも筆頭格の人物でした。

この書状では三成は忍城の水攻めに否定的な見解を述べています。諸将が水攻めと決めてかかり消極的になっていることを嘆き、もっと力攻めするべきだと主張する三成。そこには、主君のいう事を忠実にこなしていくという官僚型の三成のイメージとは違う姿が見えていますね。

 

所領加増を自ら辞退し、「私」よりも「公」に徹した三成

家臣:大音伸介宛 原文

大音新介宛原文

出典:歴史道

 

家臣:大音伸介宛 意訳

大音伸介宛意訳

出典:歴史道

物欲旺盛な戦国時代において、諸将は自己の所領拡大を目指していた。そんな時代の流れの中、三成は所領加増を辞退している。

三成39歳の時、江州・佐和山19万4千石の主であり、所領の規模だけなら中堅程度。

大大名とは言えないが、秀吉の側近として辣腕を奮っていたころの事。

この年に筑前の小早川秀秋転封事件が発生する。

秀秋転封は一般に伝わるところでは朝鮮における蔚山の戦いで、秀秋が大将にあるまじき振る舞いをしたことを秀吉に咎められ、領地没収になったと伝えられているが、これは全くの俗説で、

実際に秀秋転封の話が起こったのは蔚山の戦い以前の事だった。

小早川領筑前は、要港・博多を有していて、朝鮮の役を進めるうえでも重要な場所だった。

この重要な場所を年若い秀秋に任せておくことに秀吉が不安を覚えても当然の事だと思う。

 

博多は三成にとっても縁の深い場所で、過去には博多復興を指導しているし、28歳の時には博多奉行にもなっている。そこには懇意の人物も多いだろうに、三成が博多領主になりたいと思うのも自然なことだと思う。

もしも三成が佐和山から筑前に移れば周囲の所領も含めて50万石は下らなかったと思われる。

旧領は2倍以上の石高になり、家臣の所領も大幅に増えることが予想できる。

それにもかかわらず三成はその誘いを断り、佐和山に残る道を選んだ。その理由は

「遠隔の地に行けば秀吉の用を果たすことが難しくなるから」

そしてもう一つの注目点は、この知らせを家族よりも先に家臣に伝えていること。

そして家臣から、家族に伝えてもらっていること。重要な知らせを身内よりもまず重要な家臣に伝えていることは、「私」よりも「公」を重要視する三成の姿勢が感じられる。

そしてこの事情を家臣に打ち明けなければならない三成の苦悩もある。

自己の所領よりも国造りに関わることを重んじたいという思いは、単に所領拡大だけをもとめる多くの家臣には理解されなかった思いだろうと思う。三成自身も近江の小大名にとどまるか、鎮西の大領主になるのかは、悩みに悩んだことだと思う。

くどいほどに経緯を説明した三成の書状には、何とか家中の理解を得たいという思いが込められていた。大音新介にあてた三成の書状は見方によってはどこか言い訳がましい感じもする。

そこには理想と現実のはざまで戸惑う三成の人間味が表れている。

鷹狩りへの愛情とこだわりを感じられる三成の手紙

 

中納言宛て:意訳

鷹狩りの手紙の画像

出典:歴史道

インドア派に見られる三成ですが、その趣味は意外にも鷹狩りでした。

三成の書状の中には鷹のことを示されたものが何通か存在するが、これはそのうちの1通。

書状の内容は三成が秘蔵の鷹を進上または貸し出すときに書いたもので、進上する鷹の素晴らしさを

こと細かに書いてある。自分の秘蔵の鷹を饒舌に、そして自慢げに紹介する三成の文章からは三成のマニアぶりがうかがえる。三成の細かさと几帳面さは政務でも、趣味の世界でも共通のようで、

鷹への執着を書状に書き、自分自身でも「おかしく候」と笑っている。

こんなところにも三成の意外なユーモア精神が見えている。

 

三成の人生を振り返るときに、三成が人を裏切ったり騙したりという史実が見当たらないことに気づく。いまだ三成を陰謀家とみる動向もあるけど、それも少し調べたら根拠のない史料や噂に基づいたものであることがわかる。

謀略や寝返りが当たり前の時代の中で、三成の姿勢は外交でも内政でも正攻法だった。

原理原則を定め、それを押しとおすやり方だった。そしてその姿勢のまま、三成は運命の関ヶ原へ向かっていった。

 

まとめ

忍城の水攻めについては、当時上司的存在だった浅野長吉から引き継いで忍城攻めを指揮したようですが、書状から、水攻めは長吉指揮下から決まっていて、それに三成は否定的だったことが読み取れます。水攻めに失敗して、三成は・・・だろうね。とか、やっぱりね。といった感じだったんでしょうか?

所領加増の件に関しては三成の「私」よりも「公」という姿勢が見えますね。組織のため、社会のため、平和のために自分を犠牲にできるところがカッコイイですね。

領主・石田三成の善政から見える性格 にも書きましたが、領民のことをよく考えてくれる領主だったようですから博多の領民たちは三成にまた来てほしかったかもしれないですね。

鷹狩りに関しては、三成の朗らかな一面が見れましたね。

”いったん渡したものをまた返せというのはおかしなことですが(おかしく候)”

というのは今だったら、いったん渡したものをまた返せというのもおかしなことですが(笑)といった感じなんでしょうか。こういう感じで読むと少し石田三成という存在の距離が縮まっていく感じがしますね。

 

それでは、今日はこの辺で。

 

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